のりちゃん、のりちゃんの言ってる青春を謳歌するってのとは違うかも知れないが俺はいつもヒリヒリするような充足感をパンクロックで味わっているのさ....
イベント,ライブなどの告知などなどをしたりしなかったりするブログ. もしくは単なる放言 いや 全部 嘘 もはや慈悲なし
知識は全て体験か?
知識ってことを考えてみた。

この場合プロフェッショナルとして専門的にそれに従事し研究実験などして得た知識のことではなく普通の人間が自分の経験外で得る知識の事だ。

この場合の知識はすべて“受け売り”である。

例えば「熊は冬眠する」「月にはクレーターがある」「地球は回っている」

これらを俺は知ってはいるがすべて受け売りである。
人からの伝聞、TVから 新聞から 教科書からの

ようは熊が眠るところを見たこともなく宇宙飛行士でもなくガリレオガリレイでもレオナルド・ダヴィンチでもない俺が熊の冬眠、月の表面、地球自転を知ってる気になってるのは受け売りであり、つまりは知ったかぶりをしているワケだ。

でも、「熊って冬眠するんだぜ」などとのたまっても誰も知ったかぶりなどと思わないだろう
それは、そのことがあまりにも常識として幅広く知られているだけのことだろう。そして、その常識として知られていることもほとんどの人が俺同様受け売りで知ったかぶりしてるだけなのだ。

個人の持ってる知識の9割は誰もが受け売りで知ったかぶりだと思う。

果たして悪いことか?
いや そうではないと思う

興味をもった事柄に対して知りたい ってなるのは自然な欲求だ

その“知りたい”って情報がたとえ手にとって匂いをかいで自分の目でみるという実際の体験じゃないと本質はちゃんと理解しえないものであっても本を読んだり音楽をCDで聞いたり辞書を引いたりネットで検索したりすることは健全なことだ。

それで得た知識を聞かされるのは言われ方によっては不快に感じる場合があるのは確かだが、自分の場合は自分が知らないことを教えてもらえるのだからあまり気にならない。

どっちみちみな知ったかぶりなのだからひとつ知ったかぶり出来ることが増えたぐらいに思ってる

まれに変にプライドが高い人間が自分が間違えた事を蘊蓄たれてるのにその間違いを指摘されると「コイツにわかるわけがない」って感じでその間違いを言い張ったり間違いを指摘した人間を逆に“知ったかぶり”と揶揄したりするので面白い。
決して知識の有無が人間の優劣をつけることなんか無い。それに対してそういう対応は単に相手への敵対心からか単に心の余裕の問題かだろう。こういう人に俺の“9割受け売り知ったかぶり説”を言っても理解はされないだろうしそれはそれでいい。

ただ知ったかぶりでも何でも“知ろう”としない事が罪な事がこの世には存在してる気がする。

まずは知ることから初めてもいいんじゃないか?

理屈を言う事自体を闇雲に批判する人間より理屈を理解出来なくとも知ろうする人間のほうが行動につながってると思う

まあ ただ今の雑学ブームには否定も肯定もない。興味を持った事柄が多岐に渡った故 雑学としての知識が豊富ってのは素晴らしいけど“雑学”っていうひとつのジャンルの為に知識を得ようとするのはバカバカしさを感じる。
コメント
この記事へのコメント
春日亭
AM11:47ドライカレー弁当売り切れ。(俺は今日もカツ丼)
そのオムライスの中にドライカレーを入れておくれよ…

2008/06/06 (金) 12:06:54 | URL | SANTERIA #d/CpiV46[ 編集]
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